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  4. Prologue 01

Chapter 1-1


さん、今度こそ貴方のエースになります。俺だけを見つめていて!」
 私とヘリオトロープは同時に扉を押し開けて、バックヤードから出た。
 ここはアンバー区のハンガー:S1069。航空機用の黒い格納庫のような空間に、私は今日まで気が遠くなるような手間をかけて、ネオンライトやレシプロ機の幻覚で飾りつけてきた。癖の強い香りは、ジンジャー、ダマスクローズ、トンカビーン。
 黒いミリタリーファッションを身に纏った参加者、あるいは観戦者たちが、このロビーで装備を整え、歓談し、バーで虚構の飲食を楽しんでいる。この広々とした場所だけでも、まばらに20人は集まっているようだ。
「大勢に参加してもらうことの喜びはまだ実感できません。でも準備する毎日は楽しかった。アイデアを形にする願望は叶った。それに貴方が支えてくれる、ヘリオトロープ。それがこんなにも嬉しいなんて」
さん……っ」
 私の感情が伝染したように彼の瞳は潤み、すぐにでも熱烈なキスが飛んでくる予感がしたが、それよりも速く、ノイズ混じりのスピーカーから音楽が遠のき、代わりに響いた声が辺りの空気を支配した。
『レディースアンドジェントルメン、火花を散らしあってるかーい? DJオーニソガラムのアナウンスに耳を傾ける余裕はある!? 主催者のちゃんが幻覚のリクエストを募集しているんだけどさ、どんなに白熱した皆にも、僕のDJが常に届くように要望を出しちゃおうかなー? バッドトリップの果てまで追いかけてやるよ』
「いらねー」ヘリオトロープが小さく悪態をついている。
『おおっ、さっそく届いてるねー、上級者フロアで脅威の撃墜数を誇っているクロッカスくんからだ。"もっとスリルを"。より高難易度を求めていく、バトルフリークってわけだね。皆、上級者フロアを映したスクリーンは見てる?』
 ロビー中央、管制室をモチーフにしたラウンジに掲げている最も大きなスクリーンに視線をやると、ストリングライトが絡みつく鉄塔が森のように立ち並ぶ広大な空間に、眼鏡をかけた金髪の青年が佇んでいた。見下すような緑の瞳は真っ直ぐとカメラの方向、こちらを射抜いている。
『あー、狙撃が得意なクロッカスくんに有利なフロアで、確かに味気ないかも? 到達者自体も少ないねー、どうするちゃん、運営の手腕が問われるぞー?』
 ヘリオトロープが「乗ってやりますか?」と私の様子を伺う。
「向かいましょう、ベストを尽くしたものにエアリアルスターを仕上げたいですから」
「そうですね、俺もクロッカスを倒す姿をさんに見せたいですし」
 端末からオーニソガラムに了承のメッセージを送った。
『連絡が来たねー、ちゃんはやる気だ。クロッカスくんはもう少しだけ待っていてくれるかい、巡回しながら向かってるらしいから!  さぁ、皆も意見に要望、感想があればDJブースまで送ってね。僕はこの日のためにDIGってきた曲をMIXしながら待つ!』
 スクラッチ音と共に曲調が変化し、スクリーンに見入っていた観戦者が、耳に飛び込んできた曲名について「コーヒー・ジーニアスのスケアード・オブ・マイ・タレントと、ウゾ&ラキのデカダント・フィロソフィーだ!」と回答する。
 アナウンスの傍ら、"応援してるよ、僕にも出来ることがあれば遠慮なく相談してね。ブースは移動できなくても、DJはいつもキミといっしょ"と器用に返信された。
「俺のさんに、なんて馴れ馴れしい……」
 ヘリオトロープは頭を寄せて、当然のようにメッセージを覗いては、眉根も寄せている。微笑みかけると幾分か機嫌を直したようだった。
 DJオーニソガラムは腕利きで余裕があるから、自然体でリクエストを募集することができるけれど、私はどうだろうか。他人に合わせていたら、最も大切なアイデアを実現できないかもしれない。それでも、もし価値観のレール上で他人の望みにも応えることができたなら、今日はとても賑やかで楽しい日になるはずだ。
 オーニソガラムは参加者の求めるものを即座に読み取って対応する、フロアリーディングを心がけているらしい。自分の本当の望みを忘れる危険性は感じる。それでも試しにやってみるつもりで一帯の顔色を伺っていると、目が合った女性に、困ったような笑顔で話しかけられた。
「みーんなブラックにミリタリーファッション、そう視せるドレスコード。中心区画ではありえない光景ね。貴方が羽織っているのは、華奢にアレンジされたトレンチコート。確かにミリタリーに関連があるとされるファッションだわ、ステキよ、凛々しくて!」





 

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