Chapter 1-2
私の服装を褒めてくれた彼女はブロンドの髪をポニーテールにしていて、ゴーグルを頭に上げていた。着用するのは、ベリーライトゾーンに適合するであろうフライトジャケットをショート丈にアレンジしたものだ。同じくショートのボトムスはジャケットとセットアップになっているようで、材質はコットンだろうか。引き締まったウエストや脚が出る形になるが、網目の細かいメッシュ素材のインナーが、引き締まった身体にフィットすることでその美しさを際立たせていた。フライトブーツの基本と共通する特徴を持ったシューズも、ミリタリーバッグのようでいてモデルがわからない縦長のミニバッグも、いずれもドレスコードに沿ってブラックで統一されている。ただし腕時計は映画で見覚えがあるルートビア色のフライトウォッチで、ワッペンやジャケットのバックペイント、アクセサリーなど細かな部分にカラーが散見された。
「さん、今日は一緒に写真を沢山撮りましょう。ほら笑ってください、後でどれをCheerseに投稿するか、選んでくださいね」
ヘリオトロープは私に不安を抱かせまいとしているのか、他の女性を無視したり嫌ったりしてみせることが多い。私の肩を抱いてツーショットを撮るヘリオトロープに、女性は無視を返して、私へ話を続けた。
「アタシはペンステモン、普段は黒い服は着ないの。黒を着るとチャームがとても弱くなって、バトルが個人の能力に依存しにくくなる、オーガナイザーはよく考えたわね」
「そこまで考えてませんでしたが……結果オーライ」
「あら、もしかしてアナタが?」
期待するような眼差しにムズ痒くなりながらも、「主催者のです」と肯定した。
「スゴイじゃない! この会場、殆どがチャームによる幻覚でしょう? 何人かのスタッフでやったの?」
「ええと、レシプロ機の監修と、スクリーンに映っている映像については、VJのルピナスにしていただいて、DJはオーニソガラムが。あとはバーにスタッフが2名いるくらいで、残りは私が」
「この幻覚ぜんぶが!? 黒で抑え込んでるけど、相当な魅力の持ち主なの!?」
ペンステモンの驚きようは大袈裟なほどだった。扱い慣れているように動く表情は、爽快感がありがらも綺麗だ。
「いえ、これは参加者の皆さんに幻覚の花を摂取して、チャンネルを合わせてもらうという協力が必要ですし、大変な下準備の上に成立するものなので、即時に発動して強制力の強い一般的なチャームに比べたら、敷居は低いんですよ」
「さんが相当な魅力の持ち主なのは確かですけどね」
ヘリオトロープは得意げに私を持ち上げてくれる。
「ありがとう。私たち、ちょっと井の中の蛙かもですが」
ペンステモンは微笑ましそうな視線をこちらに向けて、人によってはコンプレックスを抱えている話題に踏み込んだ。
「貴方たち、どの区画に住んでるの?」
「パール区です、ね」
一定の魅力の持ち主でないと、安全で文化的に豊かな区画には住むことはできない。パール区には自らの居住を恥と感じる者が大勢いるのだ。
このアンバー区に接する一つ内側がパール区だ。私はアイアン家具と錠前と鉄格子で構成された"檻の迷路"というアパートに。ヘリオトロープも同じ区でリノベーションされた"ケンネル天文台"に住んでいる。ここアンバー区に比べて内側にあるとはいえパール区もなかなかに脆く、数日ごとに思いもよらぬ一画が変形するが、幸い私たちは同じ住居に数年間は落ち着いている。
「ナルホドね。パール区って何もなくて退屈でしょう、中心の区画に行こうとは思わない?」
華やかな内側の区画の住人がそう思うことは予想できた。
言われる通り私も内側の区画に憧れることもあったが、最近は意外にも刺激的な毎日を送っている。
それもこのリバースパーティを彩るチャーム、“黒い花“をきっかけに心酔してくれたヘリオトロープとの楽しい毎日の賜物でもあるが、魅力が低い者が住まう辺境のパール区ならではの環境も、不思議なスパイスを加えてくれる。
例えば宝石質の奇怪な悪魔“グロテスク“たちが棲息することによって引きこされる抗争。
私たちは暴力を振るうと魅力やかけがえのない特殊能力であるチャームが著しく損なわれるため、いくら私怨が積もろうとお互いを物理的に傷つけることはしない。しかしグロテスクと取引をすれば、保身をしながらそれが叶ってしまう。危害を加えられる可能性を危惧する者はグロテスクを駆逐しようとするし、利用しようとする者は血眼になってグロテスクを保護し、取り入ろうと躍起になる。
例えば、魅力更生機関カルチャードパールズの不審な活動。
法律で定められた基準に魅力が満たない者はイリテーターと呼ばれ、カルチャードパールズによって強制的に魅力を引き上げるプログラムを受ける。
幸いにも私やヘリオトロープは基準を満たしているので平穏な日々を送っているが、連行されることを非常に怯えて萎縮した生活を送る者は多い。
事故や自傷で容姿を激しく損傷した者は美しくなって帰ってくるし、周りに迷惑をかけたり陰鬱な性格の者は陽気で親切になって、アメシスト区への移住が叶った例もある。元イリテーターたちは口を揃えて今は幸せだと言うのだから、享受も悪くないだろうが、今まで大切にしていたものに対して全く興味を示さなくなるなど、気がかりな逸話もある。
リバースパーティやヘリオトロープに無関心になるなんて御免だ。
「私はリバースパーティを開けていれば満足ですから。集中を妨げるものが少ない良い所ですよ、治安も悪くないです」
「ハハ、治安が悪くないって、規制対象のパーティのオーガナイザーが言う? けれど外側の区画じゃなければ、すぐにロードデンドロン警備保障に見つかっちゃうでしょうね。彼らに尋問されるにしろ、魅力更生施設に送られるにしろ、出所する頃には以前の自分ではなくなるんだとか。面白いテーマだけど、秘密を探るのも規制対象なんだっけ?」
「ロードデンドロンの話なんてやめてくださいよ、縁起でもない。アンバー区は安全ですよ、外周の広範囲にわたるんですから、ロードデンドロンも隅々までは取り締まれません、安全です」
「だから内側に比べれば見つかりにくいって言ってるじゃない。どうしたの?」
ペンステモンはころころと笑う、ロードデンドロンの恐ろしさを知っているようにはとても思えない。
ロードデンドロンは法を守る組織などではない、威厳を感じるほどの魅力を持ちながら、理由をつけては発想の限り格下の者を虐げる、サディスティック集団だ。法に背いた者が目をつけられやすいというだけ。
「その様子。まさかロードデンドロンの尋問の様子を見たことがある?」
私の恐怖を感じ取ったのか、ペンステモンはからかうような笑顔をやめて真剣な声音で言った。ただし、瞳を好奇心で満たし輝かせながら。
尋問を目の当たりにしたことがある。けれど初対面の彼女に詳細を話せるような内容ではなかった。
簡潔に思い返すと、過去にパール区より1つ内側に位置する、マラカイト区の大規模なリバースパーティに私が遊びに行った時の出来事だ。
潜入捜査官でありながら会場の誰もが目を奪われる魅力を持ったロードデンドロンの警備員が、オーガナイザーの持つあらゆる弱みを過激にいたぶった後で、チャームによってオーガナイザーの肉体を肥満体へと改造したのだ。限界まで肥満体になると、魅力が最低ランクに落ちるとされている。チャームとは魅力を由来として行使できる技能であるため、そのオーガナイザーは幻覚を扱えなくなり、快楽にふけるための感覚すら弄られて、リバースパーティを楽しめなくなったという。更には私にとってのヘリオトロープのようなパートナーでさえロードデンドロンの警備員に魅了され、命令によってオーガナイザーに酷い仕打ちをしたあとで、ストーカー化して魅力更生施設に送られたらしい。肥満体になったオーガナイザーだけが見せしめとして、魅力更生施設に入れられることもなく、拘束具付きで従来の居住区の生活を強いられている。私の知らない所で更に追い討ちをかけられていても不思議ではないほど徹底的だ。
「さん、ロードデンドロンのことを考えていますか? オーガナイザーとそのパートナーに起きたことなら気にしなくて平気ですよ、俺の恋心はダイヤモンド区の住民を前にしてもさん一筋ですから」
この話は逃げ帰った後でヘリオトロープにも伝えてあったため、私の様子から察して励ましの声をかけてくれる。
「あーらら、アタシだけ除け者?」
第三者が長居する気配を感じ取ったヘリオトロープは、うんざりした表情を隠そうともしない。
「さん、もう行きませんか、同棲の件について話もありますし」
「その話はまた後で……」
「そうやっていつも俺のことを二の次にしてませんか?」
それは本当の指摘で、言動のわりにヘリオトロープのことが大事な私はぐうの音も出なくなってしまう。
優柔不断な沈黙を許さないのはペンステモンだった。
「いいのよ私に気を使わなくて、その調子だと既に同棲みたいな生活をしてるんじゃない? せっかちな男の子に好かれてるのね、どうするキミ、大好きなが警備保障に連れて行かれたら」
「……っさいな、さんのことは俺が守るんで」
それを実行するかのように私の右手を強く握った。そのまま手を引いてロビー内のバー"ブラッドヴェスルズ"に向かう足を速めようとするヘリオトロープだったが、ペンステモンはしっかりと私たちに距離を詰める。
「あ、待ってよ。アタシこれから初級者フロアデビューなんだけど、ウエポンの使いかたを教えてもらっていーい?
」
ペンステモンを睨みつけるヘリオトロープをないがしろにする形になるのは申し訳ないが、せっかくの参加者をないがしろにはしない。
「もちろん。パンフレットの説明は読んでくれましたか?」
見たことがないものを幻覚として視せるのは難しい。参加者によって視えるウエポンに差が出ないように、あらかじめイメージを一覧にしたパンフレットを配ったり、ロビーに模型を並べたり、フライヤーを貼りだすなどの工夫をしている。
「ええ、16番よね。アタシに発現したウエポン、どう見ても一眼レフカメラでしょう? これってそのまま人に向けてシャッターを切ればいいのかしら。皆が噂するように、ハッピーになれちゃう?」